【報ステ独自】ジャーナリスト・長井健司さん死の真相は…16年近く“カメラ”追う遺族(2023年4月26日)
2007年、ミャンマーで民主化デモを取材中、国軍の兵士に銃撃され、フリージャーナリストの長井健司さんが亡くなりました。16年近くが経ち、長井さんが最後まで握りしめていたとされるカメラが、26日に遺族のもとに戻ってきました。
あの日、何が起こったのか。長井さんの妹・小川典子さんは、カメラが返ってくることを願い続け、真相を追い求めてきました。
小川典子さん:「一報を聞いた時には、本当にうれしくてしょうがなかった。やはり詳しいことは見てみない限り、100%本物とは言えない」
長井さんのお墓には、あの日、握りしめていたビデオカメラをかたどった石碑があります。ミャンマー政府は、これまで「ビデオカメラは見つかっていない」との主張を崩しませんでした。
小川典子さん:「『すべて遺体とともに返却したから、全く関知していない』と言っていた。信じられない」
16年近くの時を経て、この手に取り戻すため。25日に成田空港を出発しました。
小川典子さん:「胸が痛くなって、まともに見られないような気もする。最後に撮った映像だから、頑張って見てみようと思う」
カメラの返却は、今の情勢からすると、ミャンマーでは不可能です。タイのバンコクで行われました。ビデオカメラを持ってきてくれたのは、ミャンマーのジャーナリスト。なぜ、16年近く見つからなかったビデオカメラが出てきたのでしょうか。
『ビルマ民主の声』エーチャンナイン編集長:「カメラの重要性を分かっていた良識ある市民が、渡してくれました。安全上の理由から、それしか明かせないのです」
このカメラは、2021年のクーデターの前には見つかっていたそうです。すぐに遺族に届けたかったものの、ミャンマー当局の妨害も懸念され、安全に渡せる手段を探り続けていたといいます。
小川典子さん:「撮影した直後に死を迎えるとは思っていなかったと思います。見つけていただいて、公開させていただけることで、ミャンマーの方々のために働きかけができる一つのきっかけになれば」
この16年ほど、カメラの返却とともに、遺族がずっと求めてきたのが、長井さんの死の真相です。日本政府としては、映像の解析や遺体の解剖から「至近距離からの銃撃だった」と結論付けています。
ところが、ミャンマー政府は責任を認めず「遠くからの流れ弾による事故」という主張を繰り返すばかりです。
小川典子さん:「ずっと事故だという扱いで16年間、来ましたけれども、明らかに私たちの立場としては、色んな方向から考えても“至近距離からの銃撃”であったと思っております。真実を見極めて、真相を明らかにしていただきたい」
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp/a>
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