「最初から出る気はなかった」それでも残る住民の思い 異例“集団避難”から約1週間【報道ステーション】(2024年1月19日)

「最初から出る気はなかった」それでも残る住民の思い 異例“集団避難”から約1週間【報道ステーション】(2024年1月19日)

「最初から出る気はなかった」それでも残る住民の思い 異例“集団避難”から約1週間【報道ステーション】(2024年1月19日)

能登半島地震発生からまもなく3週間。石川県の馳知事は孤立集落について「実質的に解消した」と明らかにしました。ただ、集落に残る決断をした住民もいます。その思いを取材しました。

◆ふるさとは…一時帰宅の住民も

輪島市南志見地区では、最大222人が孤立。手つかずのまま集団避難させられました。自宅の様子が気になって一時帰宅をしていた男性と出会いました。

一時帰宅した 隅谷三郎さん(67)
「ここで一時、1週間みんなで避難。炭があったから、炭をおこして囲炉裏にして。洗い物は、ここの川。自然の山水をくんで」

近所の12人で身を寄せ合った1週間。

一時帰宅した 隅谷三郎さん
「俺んちはここ。母屋は見た目は大丈夫だけど。ここで我を張っていたって、他の人に迷惑かかるだけ。また世話しなければならない立場の人たちのことを思えばね。だから一緒に出た。陸の孤島みたいなところ。道は一本しかない。何するにしたって不便なだけだし」

そんななかでも捜索活動が続けられていました。地区内では今も、2人の安否が分かっていません。

異例の集落まるごと避難が始まったのは、地震発生10日目のこと。

南志見地区から避難した夫婦
「もう南志見には戻れないと思って出てきた」「できるだけ、色んなことを考えないように努力している。思うと色んなことが不安だから」

夫婦は今、戻ることを考えられず、金沢市に家を借りて、新たな生活を始めるといいます。

ふるさとを離れて避難した被災者を今後、どう支えていくのか。

石川県 馳浩知事
「大事なのはここです。避難いただいた方が、一日も早く故郷に戻れるように、応急仮設住宅の建設を促進する。応急仮設住宅を、孤立集落に近いところで準備をするようにしますので、待っていてください」

◆残り続ける住民の思い

そして、孤立集落は実質的に解消したと発表しました。今回の地震では最大3345人が孤立していましたが、19日に26人となりました。何らかの事情があって、自ら残ることを決めた人たちです。

石川県 馳浩知事
「移ることを固辞されている方がいて、引き続き、県や市町の首長から説得をしているのが現状。(Q.今後も物資の支援は続けていく理解でよいか)その手法も含めて、検討中ということにさせてください」

水道も電気もガスも通っていない状況で、なぜ避難しないのか。南志見地区の大宮正さん(73)も、その1人。

南志見地区に残る 大宮正さん
「全く出る気はひとつもなかった。最初から。出ることは考えていない」

大宮さんは、輪島市の市議会議員です。

南志見地区に残る 大宮正さん
「まず仕事柄、役所との連絡もあったりする。情報を自分で持っていないと、何かあった時、避難した人たちに連絡もしなければならない。地元を見ておかないと、離れていて全然見えなかったら、何をどうしたらいいか全く分からないようになる」

誰もいなくなった地区の防犯も気にかけていました。いつの日か、みんながふるさとに戻ってきた時のために。

◆妻と3人の子どもを亡くした警察官

大間圭介さん(42)。去年12月30日から珠洲市にある、妻・はる香さん(38)の祖父母の家に、家族5人で帰省していました。そこに襲った、震度5強の1度目の地震。警察官の大間さんは、出動に備えるため、外の様子を見に行きました。

大間圭介さん
「『ほんとに大丈夫だよ』『ごめんね』『お父さん、仕事に行かなくちゃいけないから』という声かけはしたと思います」

それが、最後に見た家族の姿に。1回目の地震から4分後、震度6強を観測した2度目の地震が起きます。家は、あっという間に土砂に飲み込まれました。

大間圭介さん
「とにかく家族を助けに来てほしいので『助けてください』って叫んでいたような気がしますね。110番とかして。110番かかんなかったんですけれど」

地震から4日目に妻と娘が、その翌日に息子2人が遺体で発見されました。親戚12人のうち、7人が死亡。はる香さんの両親は、まだ見つかっていません。

大間圭介さん
「これは妻の家の前にあった海です。珠洲は本当に楽しい所だったけれど、今はもうつらい」

思い描いていた未来は、新年を祝うその日に奪われました。

大間圭介さん
「子どもたちの大きくなる姿は、本当に見ていたかった。どんな大人になったのかな。大人になったら、どんな仕事に就いていたのかな。みんなが大人になったら、妻と2人で何しているのかな」

4人の葬儀を経て、今取材に応じるその思いは…。

大間圭介さん
「自分も、もし一緒に巻き込まれていたら、つらくなかったのかなって、考えることもあるんですけれど。与えてもらった命なので。私にとっては自慢の妻と子どもたちだったので。この子たちが、この世の中で一生懸命生きてたんだよって。最後は亡くなってしまいましたけれど、こんなんだったんだよていうのを、生きてきた証しとして残してあげられれば、この子たちも生きてきた意味があるというか」

石川県は19日、亡くなられた方のうち、遺族の了承が得られた13人の名前を新たに公表しました。石川県では、これまでに232人の死亡が確認されています。
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp/a>

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