同じウクライナ人でも“言葉の壁”日本に避難しても…翻弄され続けた1年に密着(2023年2月27日)
ウクライナから日本には、2300人以上が避難しました。東部の街・ハルキウ出身のレナさん(22)もその一人です。去年4月、突如、始まった日本での生活。お世話になるのは、群馬県に住む佐藤さんです。会話は“翻訳機”頼みです。
佐藤裕さん(57):「あなたが望むことは何ですか」
レナさん:「日本語を学びたいです。できる限り、たくさん」
元々、漫画やアニメが大好きで、日本に興味があったレナさん。生まれて始めて、自転車の特訓も行いました。
レナさん:「何度も転び、壁にぶつかったりもしましたが、乗り方を覚えることができました」
去年6月、待ちにまった日本語学校の入学式です。母国の別の街からやってきた仲間の姿もありました。初対面にもかかわらず“思い”が堰を切ったかのように溢れ出します。
クラスメート:「両親はウクライナに残ったか」
レナさん:「残った。ポーランドに一緒に行こうと、勧めたけど来なかった。爆弾が直撃か、近くに飛んでくるか。建物の下敷きになるか。隠れながら、どんな死に方をするのか、考えたりしていた」
クラスメート:「21世紀に戦争が始まるなんて思わなかったよね」
レナさん:「また連絡するね」
故郷では、今、このときもロシア軍による大規模な攻撃が行われています。故郷との現実が、レナさんの心をしめ付けていました。
レナさん:「友だちや家族が戦地に残っていると考えると、心が落ち着かない。非常に心配です」
さらに、順調かに見えた学校生活でも大きな壁がありました。
レナさん:「(Q.学校のウクライナ人の友だちはどうですか)良い人たちですが、あまり交流はしません」
同級生の多くは、西部出身でウクライナ語を話しますが、ロシアに近いハルキウ出身のレナさんはロシア語です。結局、“言葉の壁”を越えられないまま、レナさんは学校を卒業しました。
レナさん:「ウクライナ人の中には、ロシア語が好きではない人もいる。問題が起こる気がしたのです」
生活の全てに影を落とす“ロシア”という存在。1人で暮らし始めた部屋の壁には「黒い地図」が…ロシアが無数のバツ印で消されています。
レナさん:「見たくない。憎しみといら立ちを感じます」
十分に眠ることもできなくなり、薬を飲んでいました。
レナさん:「これ心の薬、これ寝る薬。はい爆発と、私の猫どこかわからない。これは心配です」
それでもレナさんは生きていくために仕事を見つけようと動き出します。向かったのはハローワーク。
レナさん:「何もせずにはいられません。社会の役に立ちたい。もちろんお金も稼ぎたい。あと、猫を飼いたい」
それから1カ月。今月13日、颯爽と自転車に乗るレナさんの姿がありました。部品組み立て工場での仕事が決まり、この日は初出勤。レナさんは、この先も日本で生活していきたいと考えています。
レナさん:「仕事はおもしろい。私は工場、いつも大好きです。うれしいです」
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