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31年前の天皇訪中巡る“知られざる真実” 宮澤総理のためらい文書に記録【スーパーJチャンネル】(2023年12月20日)
20日午前10時、31年前の天皇皇后両陛下の初めての中国訪問を巡る外交文書が新たに公開されました。記録されていたのは、最終決断を前に揺らぐ宮澤総理大臣の様子でした。
1992年10月23日、隣国との長い歴史のなかでその日、初めて天皇陛下が中国の地を踏まれました。そこに至る紆余曲折。生々しい経緯が公開された文書から明らかになりました。
その当時、中国は再三、天皇陛下の訪中を求めていました。1992年というその年、日中国交正常化から20年という節目の年だからです。ただ、その年の2月の文書には…。
アジア局長:「総理がぐらぐらし始めているらしい」
渡辺美智雄外務大臣:「困ったものだ。宮沢はいざとなると度胸がない」
当時の宮澤喜一総理は判断に迷っていました。外務省が訪中実現へと動く一方、自民党内には慎重論が広がっていたのです。
一方、中国からは4月、江沢民共産党総書記が国賓として来日。その後の橋本駐中国大使と宮澤総理とのやり取りです。
橋本大使:「それでは、天皇陛下が御訪中されるということで工作するということで良いか」
宮沢総理:「然り。それで党内が収まらなければ、自分は橋本大使の責任にしない。自分が責任をとる」
訪中が正式に決定したのは8月に入ってからです。最も注目されたのが陛下のお言葉でした。
天皇陛下:「我が国が中国国民に対し、多大の苦難を与えた不幸な一時期がありました。これは私の深く悲しみとするところであります」
公開された外務省の文書には、お言葉についても中国側と水面下で交渉していたことが克明に記録されています。
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp/a>
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