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両陛下の初訪中巡る政府内議論明らかに 外交文書が公開 (2023年12月20日)
外務省は外交文書を公開し、1992年、天皇皇后両陛下の初めての中国訪問を巡り当時の宮沢総理大臣が揺らいでいた様子が明かになりました。
公開された文書によりますと、両陛下の中国訪問について政府内で議論が進むなか、事務方が「総理がぐらぐらし始めているらしい」と報告したのに対し、当時の渡辺美智雄外務大臣が「困ったものだ。宮沢はいざとなると度胸がない」と漏らしていたことが記録されています。
宮沢総理は、自民党内の「時期尚早」といった慎重論を懸念していました。
当時の中国大使らに対し「自分が責任を取る」としたうえで、自民党議員への根回しを指示していました。
その後も調整が続けられ、両陛下の中国訪問は日中国交正常化から20周年にあたる1992年10月に実現しました。
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