【検証】100年前の現在地 冠水被害の焼野原はどこなのか【関東大震災100年】(2023年9月1日)

【検証】100年前の現在地 冠水被害の焼野原はどこなのか【関東大震災100年】(2023年9月1日)

【検証】100年前の現在地 冠水被害の焼野原はどこなのか【関東大震災100年】(2023年9月1日)

1923年9月1日に発生した関東大震災。
現在、残されている当時の映像は、どこから撮影されたものなのでしょうか。
テレビ朝日は関東大震災から99年にあたる去年、2022年9月に、一部を調べて公開しました。

現在の墨田区、江東区周辺は大火災が鎮火した後も、冠水被害に見舞われました。

こちらの映像。
カメラは右から左にゆっくりと動き、水が引いていない瓦礫の中、人々が復旧作業にあたっている様子が映し出されています。

水路を越えても、見渡す限りの焼野原です。
この一帯が焦土と化したことが分かります。
大通りには大八車を引いている人も。
人の往来があります。

このおよそ1分間の映像が撮影された場所を画面に残されたヒントから探ります。

■行き止まりの水路と両国国技館

カメラの正面に見えた水路です。
奥で行き止まりになっています。
橋の上から撮影されているようです。

画面左から特徴的なドームが見えてきました。
両国国技館です。
外壁を残して火災で全焼したことが知られています。
当時の絵葉書にも多くの姿が残されています。

100年前の両国国技館は現在より350mほど南、回向院の境内にありました。
明治42年、1909年に建設された洋風建築で1万3000人を収容できたということです。

この時代の地図を見てみます。
両国国技館の近く、水路が行き止まりになっている場所が2カ所あります。
現在は埋め立てられている「六間堀」と「五間堀」です。

■現在は存在しない堀

映像では水路の突き当りが左に曲がっているように見えます。
かつて東京に流れていた川や堀の研究をしている「旧水路ラボ」は、「突き当りの形状」や「旧両国国技館が見えている角度」、「両岸に道があること」などからこの水路は五間堀だと分析しています。
五間堀の動画はとても貴重だということです。

カメラをさらに左に振ると、橋のたもとにある親柱でしょうか。

■大通りの先には…

そして、大通りが見えてきました。
よく見ると、突き当りに黒っぽい大きな建造物が見えます。
隅田川に掛かるほかの橋が焼け落ちる中、奇跡的に残った橋がありました。
「新大橋」です。

明治45年、1912年に架け替えられた当時は、こんな形をしていました。
焼けずに残ったため、詰めかけた大勢の命を救い、「お助け橋」と呼ばれました。

橋の西詰には、このエピソードを伝える大きな石碑が建っています。
関東大震災から100年に合わせて企画展示をしている東京都中央区郷土資料館では、「新大橋」がなぜ残ったのか、その理由を解説をしています。

■「新大橋」が「お助け橋」になった3つの理由

中央区教育委員会 学芸員 増山一成さん
「唯一、新大橋がなぜ助かったか、そして人々を助けたか。なんと警察官の方ですね、まず第一に避難の方々の荷物をとにかく捨てさせたというんです。中には記録によれば、『これは大事なものなんて絶対捨てられません』っていうこともあったんですが、泣く泣くそれでも警察官は『まあとにかく捨てなさい』と。いろんな家財道具を持って多くの方がもう火が燃え移ってしまうようなものをたくさんお持ちだったんです。とにかそれを捨てさせたと。」

「そして第二はですね、これ今でも通じるんですが、当たり前のようでなかなかできない。混乱状態で人々はどうなるかって動き回ってしまうのでまず落ち着かせるためですね、警察官の方がその場に座るように呼び掛けたというんです」

「さらに、構造としては鋼鉄製の、中央の部分の柱に向けて、斜めに逆ハの字になっていくようなプラットトラストいう構造なんですね。構造上もかなり強固。さらになんといってもほかのブリッジについては床の部分に木の部分を使っていたりしたんですが、この新大橋についてはなんと床板が鉄でした。更にそこにコンクリート打設しまして、さらにその上にアスファルト敷きだったとということで燃えにくい構造だったっていうのが一番大きいのかなと。ここが新大橋が奇跡的に残った要因ではないかと言えます。」

■映像の撮影場所の歴史

「新大橋」につながるこの大通りは「新大橋通り」ということになります。
つまりこの映像が撮影されたのは、五間堀と新大橋通りがぶつかる場所、かつての「伊予橋」ということになります。

伊予橋は関東大震災の際、焼死や溺死でおよそ500人に及ぶ犠牲者が出た場所でした。
大きな荷物を抱えた群衆に火の手が迫り放置された家財道具で避難もままならなかった様子が書き残されています。

現在、周辺には住宅が立ち並び、かつて伊予橋があった場所は「菊一児童遊園」になっています。
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp/a>

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