東京大空襲から78年 体験者300人以上の証言映像が公開されず 「兄の背中が燃えていた」兄弟4人亡くした女性「空襲の体験から学んで」|TBS NEWS DIG

東京大空襲から78年 体験者300人以上の証言映像が公開されず 「兄の背中が燃えていた」兄弟4人亡くした女性「空襲の体験から学んで」|TBS NEWS DIG

東京大空襲から78年 体験者300人以上の証言映像が公開されず 「兄の背中が燃えていた」兄弟4人亡くした女性「空襲の体験から学んで」|TBS NEWS DIG

東京大空襲からきょうで78年です。空襲を体験した人たちの貴重な証言、20年以上前に撮影されましたが、実は今も公開されていません。いったいなぜなのでしょうか。

船渡和代さん
「空襲だ、空襲だという叫び声とか」(1997年)

これは東京大空襲の体験者の証言。戦争の記憶を後世に伝えるため、東京都が撮影しました。証言したのは船渡和代さん(90)。78年前のきょう、大空襲で祖母と兄弟4人を亡くしました。

1945年3月10日、アメリカ軍の無差別爆撃で東京の下町一帯が火の海と化し、一晩で10万人が死亡したとされています。当時12歳だった船渡さん。空襲警報が鳴った午前0時すぎ、家族8人と家にいました。

船渡和代さん
「表に出た瞬間に、もう恐ろしかったです。今までにない街の様相が、大勢の人と叫び声と飛行機の爆音がね、逃げる先々に焼夷弾がたくさんバラバラ降るように落ちてきて」(1997年)

船渡さんが暮らす江東区も焼夷弾によって木造家屋が焼き尽くされ、一緒に逃げていた家族はばらばらに。兄と妹と何とか防空壕にたどりつきましたが…

船渡和代さん
「(兄の)背中が燃えてたんですよね。立ち上がってワーッと叫び声を上げた途端に突風と猛烈な火の嵐に巻き込まれてしまって、(私は)うつ伏せたままの状態で『怖いよ』って」(1997年)

兄が爆風で吹き飛ばされ、船渡さんは妹と2人で朝を迎えました。

船渡和代さん
「恐ろしかったですね。でも声も出ないんですよね。みんな真っ黒だしボロボロだし、死ねなかったような人が『死なせてよ』『苦しいよ』と言いながら」(1997年)

東京都が撮影した戦争体験者の証言は330人分。都は1990年代以降、大空襲の被害を語り継ぐ「平和祈念館」を作り、そこで公開する予定でした。しかし、議会で合意を得られず、計画は凍結。300人以上の貴重な証言映像が、公開されないまま20年以上が過ぎたのです。

都内で唯一東京大空襲の被害を伝える民間の資料館。証言映像の価値について…

東京大空襲・戦災資料センター 吉田裕館長
「戦争自体や空襲を体験していないことになりますよね。体験された方が真剣に訴える悲惨な現実、その中で生き残ったことの苦悩、そういうものを知る上で体験者の証言は非常に大きな影響がある」

船渡さんは空襲で祖母と兄弟4人を亡くしました。自身が証言した映像は今も公開されていません。

東京大空襲の体験者 船渡和代さん
「どういう意味合いがあってわざわざ撮ったものを凍結したのか、意味が分からないんですよね、私たちにしてみれば。日本だけでしょ、こんなに長い間平和でいられたのは。ひとたび狂って戦争になったらこういう風になるということを、空襲の体験から言って、そこから学んでほしい部分はある」

都は証言者330人に手紙を送り、113人から映像をホームページなどで公開することに同意を得たとして、来年度以降デジタル化を進めるといいます。記憶の風化が進む中、間に合うのでしょうか。

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