鉄道開業99年 緑の山手線は知る【東京ヘリ撮50年】(2022年6月3日)

鉄道開業99年 緑の山手線は知る【東京ヘリ撮50年】(2022年6月3日)

鉄道開業99年 緑の山手線は知る【東京ヘリ撮50年】(2022年6月3日)

1971年、昭和46年4月の品川駅です。
左側に第一京浜国道、中央の一段高い線路が京浜急行、その右側に広がるのが国鉄の駅です。

京急の引き込み線に赤い車両。
両脇、都心方向に向かう線路が地下に潜っていきます。

画面右側に広がる車両基地、田町電車区を横目に、うぐいす色の山手線内回り電車が見えてきました。
特急電車や中距離電車が出番を待っているこの先あたりにおととし2020年に、高輪ゲートウェイ駅が開業しました。

一般公募で130番目だった「高輪ゲートウェイ」ですが、江戸の玄関口という意味もあるそうで。
その元々の「高輪大木戸」はこのあたりにありました。
駅からは400メートルあまりです。

見てのとおり、ここはまた山手線、京浜東北線の北行きの線路が入れ替わる場所でもあり、高輪橋架道橋という高さが1.5メートルしかないその下を、車がくぐり抜ける場所でもありました。

実はこの1か月前まで、山手線(やまのてせん)は山手線(やまてせん)と呼ばれていたのを、元々の呼び方に戻したばかりです。
横浜や神戸には「山手(やまて)」と呼ばれる地域がありますが、東京には「山の手」はあっても「山手(やまて)」はありませんから、変な話でした。

幕府のお触れなどを掲示した札ノ辻の脇を通って山手線(やまのてせん)の向こうに三田自動車教習所、さらに向こうに三田警察署です。
教習所は閉所、三田警察署は線路のこちら側のずっと左のほうに移転しました。

田町駅に到着です。
ちょうど京浜東北線の南行きも入ってきました。

駅前と、田町駅そのものもホームの上が工事中です。
真ん中の、駅で乗り降りする人のための通路しかなかったところへ、右側に自由通路ができたばかりです。
海岸線に沿って敷かれた線路でしたが、ここから海まで1キロ以上も埋め立てられ、多くの人の行き来が生まれました。

スリーダイヤの自動車会社の当時の本社で旋回し、エンゼルマークのお菓子メーカーです。

ヘリコプターは田町駅周辺を回ります。
よく見ると、自動車教習所のコースは2階建てです。

ふたたび山手線電車を追ってすすみます。
右下から羽田空港からのモノレールが合流し、奥には世界貿易センタービルが見えてきました。
カラーテレビの広告が目立つビルは、何度か持ち主が変わり、現在、建て替え中です。
山手線といえば、うぐいす色の車体がすっかりおなじみですが、最初はカナリアイエロー、今の中央総武線各駅停車の色でした。
それがうぐいす色になったのは、1963年からです。

京浜東北線は、車両がカラー化された最初からスカイブルーです。
見えてきたのは、区立竹芝小学校。
今はヒューマンプラザという港区の福祉センターなどになっています。
首都高速道路と交差します。
山手線はじめ国鉄は下をくぐり、モノレールは上をまたぎ越します。

浜松町駅に到着です。
東京タワーも見えます。

2020年3月に開業して9か月がたった高輪ゲートウェイ駅が見えます。
画面には移っていませんが、右下の方に東京湾が広がっています。
カメラが寄っていったのが、発掘された高輪築堤跡。
東京湾の浅瀬に鉄道の線路を敷くために作られた土台です。
今年2022年は日本に鉄道ができて150年の節目の年です。
1872年6月にまず品川と横浜、今の桜木町との間が仮開業し、10月に新橋まで、予定の全線が開業しました。
150年前の5月6月ごろといえば、高輪築堤の上に線路を敷いていたころでしょうか。
船を通すための水路も見えます。
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp/a>

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