内戦下のシリアで…幼稚園運営の日本人 「教育の場を」きっかけは“1人の少女の夢”(2023年2月1日)

内戦下のシリアで…幼稚園運営の日本人 「教育の場を」きっかけは“1人の少女の夢”(2023年2月1日)

内戦下のシリアで…幼稚園運営の日本人 「教育の場を」きっかけは“1人の少女の夢”(2023年2月1日)

 いまだ内戦が続くシリアで、幼稚園を運営する日本人がいる。予想だにしないトラブルと向き合いながら、子どもたちの“教育の場”を取り戻すために、奮闘する男性に密着した。

■「今世紀最悪の人道危機」子ども死傷者も約1万3000人

 内戦が続くシリアの子どもたちの声を聞き、日本でシリアの実情を訴える。

 NPO法人「ピース・オブ・シリア」代表・中野貴行さん(41):「現地の子どもたちが、遊ぶことさえも、実はちょっと特別になってしまう」

 シリアの外から、シリアにいる子どもたちの未来を守るため奮闘しているのが、中野さん。中野さんの支援活動を取材した。

 2011年以降、政府軍と反体制派などによる内戦が続いているシリア。死者は、40万人以上。国の人口の半分以上にあたる1200万人以上が難民となった。

 子どもの死傷者もおよそ1万3000人に上り、「今世紀最悪の人道危機」だといわれている。

 失われているのは、人命だけではない。実は、内戦前のシリアの就学率は99.6%。公立であれば、大学までの授業料が無料という「教育大国」だった。

 しかし、内戦勃発後、その就学率は戦闘の激しかった地域で一時6%まで落ち込んだ。

■きっかけの“出会い” 少女の夢は「学校を作りたい」

 そんなシリアで去年、開園した幼稚園がある。北部の最大都市・アレッポ郊外の国内避難民が多く集まる地域にできた「SAKURA幼稚園」だ。

 子どもたちの元気な声が響く、この幼稚園。授業料は無料で、およそ200人が通っている。

 授業の内容は、お絵描きやダンスなど定番のものから、なんと空手まである。

 この「SAKURA幼稚園」を設立し運営しているのが、中野さんが代表を務める日本のNPO法人「ピース・オブ・シリア」だ。

 中野さん:「集まった寄付や助成金をシリアの子どもたちへの教育支援に回していく」

 中野さんは、内戦前の2008年に、青年海外協力隊でシリアへ渡った。

 そこで、今の活動のきっかけとなる一人の少女と出会った。ブトゥーレさん(当時12)は、中野さんにアラビア語を教え、中野さんはブトゥーレさんに日本語を教えた。

 ブトゥーレさん:「あいうえお かきくけこ さしすせそ」

 中野さん:「その子にある日、夢を聞いたんですね。『将来、どんな夢があるの?』って聞いたら、私はお金持ちになりたいんだよね。お金って天国に持っていけないから、生きている間にどうやって使うかが大事。私は、このお金を使って子どもたちが夢をかなえられる学校を作りたい」

 その後、内戦が勃発。教育の機会が失われた子どもたちに、学ぶ場を届けたい。少女の夢がいつしか、中野さんの夢へと変わった。

 そして、2016年に「ピース・オブ・シリア」を立ち上げた。

 まずは、シリアの歴史と現状を日本に伝えること。講演やイベントでは、「課題ではなく、魅力を伝える」ように心掛けたという。

 こうした活動で得られた寄付金などを元に「SAKURA幼稚園」を開園。通園バスも購入し、子どもたちの安全を確保、それまで無給で働いていた先生などに人件費を支払うこともできた。

 去年は、1000万円以上の寄付が集まったという。

■妻はアフリカで“教育支援”…約2年は一緒に住めず

 そんな中野さんの活動拠点はなんと、日本から1万キロ以上も離れたアフリカのケニアだという。

 なぜ、ケニアからシリアを支援することになったのか?そこには、ある理由があった。

 中野さん:「(Q.なぜケニアに?)妻がアフリカで教育支援の活動をやっている」

 活動拠点をケニアに移した背景には、中野さんの妻・麻衣さんの存在があったという。

 実は、麻衣さんもまた、青年海外協力隊の活動を経て、現在はJICA(国際協力機構)の一員として、ケニアの国立大学で働いている。

 中野さんは“子どもたちへの教育支援”という同じ夢を持った、妻・麻衣さんと、およそ2年半の交際を経て、2016年に結婚した。

 しかし、中野さんは中東、妻・麻衣さんはアフリカ。離れ離れの生活が続いていた。

 結婚生活の最初の3年間のうち、およそ2年は、一緒に住めていなかったという。

 妻・麻衣さん:「(Q.離れ離れの結婚生活はどう思っていた?)全然、大丈夫です」

 中野さん:「(妻は)『行ってこーい』って、やっています。僕は、『一緒にいたい』って言っているんですけど。『いい、いい』って言われるんですよ」

 中野さんは、妻・麻衣さんの活動を支えようと、2020年にケニアでの生活を決断。現在は、いわゆる「主夫業」をしながら、支援活動も行っているという。

 ケニアからシリアの支援は日々、予想外の出来事が起きる。先月、現地スタッフとの情報交換で、ある事実が明らかになった。

■“やりがい”は…子どもの生き生きとした様子

 シリアへの教育支援を行っている中野さんが去年、開園した「SAKURA幼稚園」。高い水準の教育を受けられると、地元の人たちに評判だというが…。

 現地スタッフ:「もう移転したよ」
 中野さん:「もう移転しちゃったの?」

 なんと、違う場所に移転。土地の権利者から、家賃の値上げを要求され、急な対応を余儀なくされたという。現地スタッフは、二の舞になることは避けたいとして今回、顔出しを控えた。

 「SAKURA幼稚園」が、日本からの支援でできたものだと土地の所有者に知られた可能性があるという。

 戦地での支援は、常に何が起こるか分からないのだ。

 先月下旬、中野さんは、新しい場所に移った幼稚園とネットをつなぎ、園児たちと交流を行った。

 中野さん:「子どもたちが欲しい物は?僕たちが何かできることは?」

 「SAKURA幼稚園」の園児:「もっと、おもちゃが欲しいな」
 中野さん:「もっと、遊びたいんだね」

 中野さんは、幼稚園の子どもたちの生き生きとした様子を見ることがやりがいだと話す。

 中野さん:「今まで勉強ができなかったとか、あるいは外に出るのも怖かったと言っていた子どもたちが、幼稚園に行って友達ができて、卒園して小学校に行ってというのを見た時に、僕たちがはじめたことによって、希望を持ってシリアで、自分たちの未来のために頑張ろうと思える、子どもたちを作れているなという実感を持てている」

■講演の最後に語った…自分の夢 少女の“その後”

 先月22日、静岡県浜松市。中野さんは、支援の輪を広げるべく、ケニアの住まいからネットをつないだイベントで、講演活動を行っていた。

 あの12歳の少女、ブトゥーレさんの話だ。

 中野さん:「私は頑張って勉強して、お医者さんになって学校を作って、そこで学んだ子どもたちがいつか、私みたいに他の子どもたちの夢を応援する。そんな学校を作りたい」

 そんなブトゥーレさんが通っていた学校は、内戦中の一時期、過激派組織「イスラム国」に占領され、処刑場に変わっていたという。

 中野さん:「現地の子どもたちが、遊ぶことさえも、実はちょっと特別になってしまう」

 中野さんの訴えに、イベントの参加者たちからは、次のような声が聞かれた。

 16歳・高校生:「きょう聞いたような、本当のシリアを他の人たちに伝えていけたらいいなと思います」

 70代・元教員:「こういう(活動の)一つひとつを積み重ねていくと、ピースがつながって、力になるということがあると思う」

 講演の最後、中野さんは、自分の夢とブトゥーレさんの“その後”を伝えた。

 中野さん:「この女の子、無事であることが分かって、結婚して子どももいることが分かったんですけど。この子に言いたいんです。僕は子どもたちの夢をかなえる学校を作っているんだけど、『この夢を持てたのは、あなたのおかげだよ』と言いに(シリアに)行きたい」

■「思い描く未来図」教育支援の先に…シリアの平和

 中野さんに思い描く未来図を聞いた。

 中野さん本人に描いてもらった絵の左上には、「シリアツアー」と書かれた観光バスに乗って、中野さんたちがシリアの子どもたちに会いに行く様子が描かれている。

 そして右側には、そのバスを迎え入れる人たちの吹き出しがある。文字はアラビア語で「ようこそ」という意味だという。

 中野さんの願いは「シリアに皆で遊びに行く、平和な未来を!!」だ。

 教育支援の先に、シリアの平和があると考えている中野さんは、「皆が旅行できるシリアを取り戻すという未来図を描いている」のだそうです。

(「大下容子ワイド!スクランブル」2023年2月1日放送分より)
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp/a>

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