東京ヘリ撮50年 1967年「東京タワー」のある景色・増上寺・芝公園(2021年12月31日)

東京ヘリ撮50年 1967年「東京タワー」のある景色・増上寺・芝公園(2021年12月31日)

東京ヘリ撮50年 1967年「東京タワー」のある景色・増上寺・芝公園(2021年12月31日)

1967年、昭和42年5月の東京タワーです。
大展望台はありますが、特別展望台はまだありません。
この年のオープンですから、工事中かとも思いますが、画面から見る限りその気配もありません。
というわけで、カメラは大展望台から下に向けられます。

画面奥は、夜になると「タワーから見えるタワー」として知られる赤羽橋一帯。
今はない道が存在しています。

手前に見えてきた広々とした空間は、左が芝中学・高校、右が芝給水所です。
給水所の屋根は緑に覆われているのでしょうか。今はサッカー場になっています。

ふたたび大展望台に寄ります。右側の面が東向き、つまり初日の出が拝める方向です。
2022年元旦は、333人限定で初日の出の時間帯にオープンするそう。
チケットは完売しました。

ドーム型の屋根は東京タワーボウル、ボウリング場ですね。
ボウリングブームの時代には、あの、中山律子さんが所属していました。
今は豆腐会席の料亭になって、まったく趣が変わっています。

ヘリは、もう一度、東京タワーを見せます。
が、カメラはここでも特別展望台の場所までは撮っていません。
なにもなかったわけではなく、作業台があったはずなのですが。

ゴルフ練習場が見えてきました。下の階はここもボウリング場です。
今のプリンスパークタワーの場所ですね。

芝公園が見えています。
こんもりと高くなっているところは、古墳です。

画面奥中央が芝東照宮。まわりにはけっこう建物が立ち並んでいます。

こちらは今は芝生の広場になっています。区立の芝公園です。

徳川2代将軍秀忠の霊廟の門です。霊廟そのものは戦争で焼け落ちました。

増上寺の山門「三解脱門」です。こちらは戦災を逃れましたが、本堂に当たる大殿は焼失しました。
見えてきたのは光摂殿でしょうか。仮の本堂として使われていたのかもしれません。
大殿の再建がなったのは、1971年、昭和46年です。
そのとなりのコンクリートの建物は1961年に建てられた増上寺会館です。今とはだいぶ姿が違います。
増上寺は海外の通信社が除夜の鐘を全世界に配信する定番スポットなのです。

日比谷通りが見えてきました。道の向かいの緑地帯も芝公園の一部です。

東京プリンスホテルです。駐車場が今より広く取られています。

見えてきたこちらも芝公園です。
その奥が鉄道官舎です。
その左側が区立の北芝中学校で、画面手前に見えてきた愛宕中学校とこの2年後に統合されました。
鉄道官舎は当時の国鉄の宿舎で、官舎ではないはずですが、戦前からの名残でしょうか、そう呼ばれていました。
2つの中学校、現在は御成門中学校になっています。

画面中央の学校が正則高校、奥が芝中学・高校です。

さきほども見えていた芝給水所の手前の洋館は、オランダ大使館です。
この建物は、今も使われています。

最後にもう一度東京タワーです。特別展望台の場所、当時作業台があったところは・・・、
今度はちゃんと映りました。

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現代の東京タワーです。

向こう側に、東京プリンスホテル、増上寺、芝公園が見えます。
芝公園の右手にプリンスパークタワーが見えます。高層ビルが林立しています。
レインボーブリッジが見えてきました。
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp/a>

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