真珠湾攻撃から80年 次の世代にどう伝えるか ハワイの今
世界各地の街角の話題や最新ニュースをお伝えするキャッチ・ザ・ワールドです。旧日本軍による真珠湾攻撃から80年。日米の「和解」を求める声があがる一方、日本の攻撃理由を問う声もあり、次の世代にどう伝えていくか、ハワイの人たちは向き合い続けています。ロサンゼルス支局・尾関淳哉記者の報告です。
日米開戦の舞台になったハワイ・真珠湾。沈没した戦艦アリゾナの上に建つ記念館には、多くの人が慰霊に訪れています。1941年12月7日、旧日本軍による奇襲攻撃でおよそ2400人が死亡。海中に沈む戦艦アリゾナには、80年経ったいまも900人以上が眠ったままです。
この場所を、日米両首脳が揃って訪れたのは5年前のこと。
アメリカ オバマ大統領(当時)
「戦争よりも平和が、報復よりも和解が、私たちにより多くをもたらすと世界に伝えたい」
そのとき認識された「和解」というテーマ。今月行われた真珠湾攻撃の追悼式典でも、生存者からは・・・。
真珠湾攻撃の生存者 フランク・エモンドさん(103)
「日本人とはうまくやってるさ。戦争は当時の指導者や政治家が起こしたことだよ」
ハワイではいま、子どもたちに、この「和解」について伝えられています。
先生
「この人、誰だったかな?ゼンジ・アベ」
この小学校では毎年、3年生が真珠湾攻撃を学びます。教科書代わりに使っている本は、敵同士だった阿部善次さんとリチャード・フィスクさんが戦後、お互いに交流を深めていった実話。戦争という事実を“覚える“のではなく、個人のエピソードを通して“考える”のが狙いです。
アイナハイナ小学校 ジーナ・イマムラ先生
「ずいぶん昔の出来事でも、子どもたちに繋がりを作ってあげることが、そのメッセージを伝えるための唯一の方法です」
小学3年生
「敵だったとしても、友だちになれることが分かりました」
「相手の意見を聞けば分かりあえると思います」
一方、3年前に亡くなった元兵士レイ・エモリーさんは、「和解」の前にすべきことがあると考えていました。
真珠湾攻撃の生存者 レイ・エモリーさん(当時95)
「戦争を起こしたのは自分たちだと日本は認めたのか?それならば私は理由が知りたい」
戦死した兵士らが埋葬される国立太平洋記念墓地には、いまなお、UNKNOWN=身元不明遺体がたくさん残されています。エモリーさんは30年前、これらの遺体の身元特定を始め、361人の身元が判明しました。
この活動を受け継ぐジェシー・ヒガさん。エモリーさんが問い続けていた「日本が戦争を始めた理由を知るべきだ」という思いを若い世代に伝えようと苦心していますが、答えは見つかっていません。
歴史研究者 ジェシー・ヒガさん
「『和解』は必ずしも『許し』ではありません。悪い感情や憎しみを和らげることです。どうすればそれができますか?」
日米の新たな関係構築に光が当たる一方、戦争の悲惨さを伝えられる生存者は年々少なくなっています。80年前のあの日を二度と繰り返さないために、何をどう、伝えたらいいか、それぞれの立場で模索が続いています。(26日04:21)
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