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「恐ろしい時間だった」津波を撮った写真家の“葛藤”東日本大震災から12年(2023年3月8日)
東日本大震災から間もなく12年です。報道ステーションが出会った人たちの、今の姿をお伝えします。
津波で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町。12年かけて、町は新しく姿を変えました。
南三陸町の復興の象徴となった『さんさん商店街』。その一角で、震災の写真展『南三陸の記憶』が開催されています。
長野県から来た親子。「写真展が見たい」と言ったのは、子どもたちです。
兄(11):「僕は2011年9月(震災の半年後)に生まれたんですけど、東日本大震災はもうちょっと細かく知ろうと思って」
妹(8):「地震が…どういうことが起きたのか、知らなくちゃいけないのかなと思って」
撮影したのは、写真館『佐良スタジオ』を営むカメラマン・佐藤信一さん(57)。あの日、カメラバッグ1つを持って高台に避難。その目に映ったのは、信じがたい光景でした。
佐藤信一さん:「病院の屋上にも人が数人見えましたし、指の先にある白い建物、あそこの屋上にも、かなりの人が立っていたのが見えました」
記録を残すため、一心不乱にシャッターを切った佐藤さん。その建物は屋上まで津波に飲み込まれ、43人が犠牲になりました。
佐藤信一さん:「そこから先は、あまり口に出したくないんですけど…。あの時は本当に…恐ろしい時間でしたね」
大変な写真を撮ってしまった。佐藤さんの胸に、後悔と葛藤が芽生えました。
そんななか、写真のうわさを聞きつけた人物から「家族がその場所で行方不明になったので、写真を見せてほしい」と頼まれました。
佐藤信一さん:「『最後ここに、うちの家族はいたということを、しっかり確認することができたから、それだけでも良かった。見せてくれてありがとう』と。そう言われた時に、つらい写真ではあるけれど、世に出すことをためらっていた自分に、ちょっとだけ気持ちが変わった瞬間でもあったかもしれない」
佐藤さんは、震災の記憶を風化させないよう、写真の展示を続けています。
展示会に残されたメッセージ:「葛藤もあるなか、記録に残して頂きありがとうございます。絶対に忘れません」
復興する町で頑張ろうとする人たちを、今も撮り続けている佐藤さん。
佐藤信一さん:「生まれた赤ちゃんから、3年後5年後、いずれ大人になって、今度はその子が結婚して。そういった人生の輪廻(りんね)を一つのカメラで表現して、それが町の歴史にもなると思うんですよ。そういった写真をもっともっと撮っていきたい」
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp/a>



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