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「互いの持てるものすべて賭けた」解散めぐる“真剣勝負”とは…野田氏が安倍氏を追悼(2022年10月25日)
国会では、立憲民主党の最高顧問・野田元総理が安倍元総理に対し、与野党の立場を超えて、追悼の言葉を述べました。
立憲民主党・野田佳彦元総理:「安倍晋三元内閣総理大臣は、去る7月8日、参院選候補者の応援に訪れた奈良県内で演説中に背後から銃撃されました。マイクを握り、日本の未来について、前を向いて訴えているときに、後ろから襲われた無念さは、いかばかりであったか。改めて、この暴挙に対して激しい憤りを禁じ得ません。生前のあなたと、政治的な立場を同じくするものではありませんでした。しかしながら、私は前任者として、あなたに内閣総理大臣のバトンを渡した当人であります」
そして、野田氏は、今から10年前の国会でのやり取りに触れました。
立憲民主党・野田佳彦元総理:「最も鮮烈な印象を残すのは、平成24年11月14日の党首討論でした」
時の総理だった野田氏に迫るのは、野党・自民党総裁の安倍氏です。当時、民主党政権は、マニフェストになかった消費税増税を決め、支持率が下落。解散論もささやかれていました。このとき、野田氏は、議員定数と議員歳費の削減を条件に、衆議院の解散期日を明言しました。
立憲民主党・野田佳彦元総理:「あなたの少し驚いたような表情。その後の丁々発止。それら一瞬一瞬を決して忘れることができません。与党と野党第1党の党首同士が、互いの持てるものすべて賭けた火花散らす真剣勝負であった」
その後、政権を明け渡すことになった野田氏は、安倍氏の論戦とは異なる一面を目にしたといいます。
立憲民主党・野田佳彦元総理:「安倍さん、あなたは議場では闘う政治家でしたが、国会を離れ、ひとたび兜を脱ぐと、心優しい気遣いの人でした」
それは、皇居での親任式でのこと。新旧総理が控室で2人きりになったとき、勝者と敗者であるだけに、さすがに気まずい沈黙が支配したそうです。
立憲民主党・野田佳彦元総理:「重苦しい雰囲気を最初に変えようとしたのは安倍さんでした。『野田さんは安定感がありましたよ』『あのねじれ国会でよく頑張り抜きましたね』。総選挙の敗北に打ちのめされたままの私をひたすら慰め、励まそうとしてくれるのです」
野田氏は、2人きりの思い出を、また一つ、語ります。
立憲民主党・野田佳彦元総理:「安倍さん、あなたが後任の内閣総理大臣となってから、一度だけ総理公邸の一室で、密かにお会いしたことがありました。二人きりで陛下の生前退位に向けた環境整備について、1時間あまり語らいました。お互いの立場は大きく異なりましたが、腹を割ったざっくばらんな議論は、次第に真剣な熱を帯びました。『政争の具にしてはならない。国論を二分することのないよう、立法府の総意を作るべきだ』という点で意見が一致したのです。国論が大きく分かれる重要課題は、政府だけで決めきるのではなく、国会で各党が関与した形で協議を進める」
追悼演説では、残された立場としての決意も示されました。
立憲民主党・野田佳彦元総理:「どんなに政治的な立場や考えが違っていても、この時代を生きた日本人の心の中に、あなたの在りし日の存在感は、大きな空隙となってとどまり続けています。そのうえで、申し上げたい。長く国家のかじ取りに力を尽くしたあなたは、歴史の法廷に永遠に立ち続けなければならない運命です。あなたが放った強烈な光も、その先に伸びた影も、議場に集う同僚議員たちとともに言葉の限りを尽くし、問い続けなければならない。あなたの命を理不尽に奪った暴力の狂気に打ち勝つ力は、言葉にのみ宿るからです」
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp/a>
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