「ウクライナの戦地へ行きたくない」弁護士に相談殺到 顕在化するロシア兵の士気低下(2022年5月22日)
ロシアが「完全に解放した」とするウクライナ東部の激戦地マリウポリで、報道陣を集め取材ツアーを開催しました。
破壊された港の様子が公開され、アゾフ大隊の本部とされる建物にもカメラが入りました。
▽マリウポリの惨状 ロシア兵が“案内”
「こんな惨状だが、これは現実なんだ。 マリウポリ港だ。」
これは18日、ロシア側が外国人記者らを招待して、開催したメディアツアーの様子です。撮影したジョン・ドーガンさんは、6年前、ロシアに亡命したアメリカ人ブロガーです。
(ロシア兵)「誰もあちこちへ歩き回らせるな。」
ツアーには、ロシア兵が付き添い、まるでマリウポリが自分たちの街であるかのように案内します。ツアー中も、砲撃の音は鳴り止みません。このツアーはロシア国防省がアゾフスタリ製鉄所を完全制圧を発表する2日前に行われました。
(ジョン・ドーガンさん)「あそこで煙が上がっているのが見える。」
次に案内されたのは、アゾフ大隊の本部だったという建物。
「弾丸がある。」
「彼ら(アゾフ大隊)の兵舎だ」
Q. ロシア兵からどんな説明を受けた?
(ジョン・ドーガンさん)「アゾフの隊員は捕虜になった。ロシア兵は中を歩いて安全を確認してから案内した。」
ロシア側は、アゾフ大隊の持ち物がそのまま残されていると強調します。
「『我が闘争』がある 」
棚の上には、ヒトラーの著書「我が闘争」が並べられ、ナチスを象徴する“カギ十字”が書かれたマグカップも置かれていました。誰かがマジックで後から書き足したようにも見えます。ロシア政府に近いロシア人ジャーナリストはアゾフ大隊について、こう解説しました。
(ロシア人ジャーナリスト)「国家社会主義者でファシストだ。隠そうともしないんだ。」
このメディアツアーについてウクライナ国防省はロシア側のプロパガンダだと批判しています。
(ウクライナ国防省情報総局)「フェイクニュースを広げるためロシアは海外のマスメディアを利用しようとしている」
▽「戦場に行きたくない」弁護士に相談殺到
ロシア軍は、今後、製鉄所に投入していた部隊を東部ドンバス地方に転戦させ、攻勢を強めるとみられます。しかし、ウクライナ侵攻から、まもなく3カ月。長期化するにつれ、ロシア兵の“士気低下”もあらわになってきています。
(ロシア兵から相談を受けた弁護士)「相談に来るのはウクライナに行きたくない人や、再び戻りたくない人です。」
ロシア南西部の街、クラスノダールで弁護士をしているミハイル・ベニヤシュさんです。
従軍を拒否した兵士らの弁護を受け持ったところ、相談が殺到し始めたと言います。
「(弁護士グループ全体で)約2000件の相談がありました。沿海地方から北コーカサスまで、全土からです。相談内容の一つに、装甲のない車両で移動をさせられることがありました。前線では簡単に砲撃される状態だったのです。」
今や兵士らは、ウクライナで多くの戦死者が出ていることを知っていると言います。それがロシア軍の兵士不足につながっているようです。
「今では兵士たちもウクライナのSNSやメディアに精通しています。ウクライナで起きていることは衝撃でした。相談件数から考えると兵士不足は深刻で、部隊編成するのは難しいでしょう。誰も死にたくないんですよ。」
▽「司令官が負傷兵を撃った」捕虜が証言
ウクライナで戦うロシア兵の現実。これは、今月10日に撮影されたロシア兵捕虜のインタビューです。偵察部隊に所属していたという20代前半の若い5人は、作戦内容について、全く聞かされていなかったといいます。
(ロシア兵捕虜)「(2月)23日の夜に弾薬が納入され始め、嫌な予感がした。武器が全部そろってからも行き先や目的に関する話はなかった。」
そして、戦場で目の当たりにしたのは・・・
(ロシア兵捕虜)「ロシア軍同士が攻撃しあっていて、私たちの目の前で装甲車が燃えたこともあった。」
Q. 詳しく教えてください
(ロシア兵捕虜)「ある部隊がこちらの方面からきて、反対側からは別の部隊が移動していた。そうすると、片方の兵士たちが30ミリ砲で仲間の装甲車を攻撃しました。運転手は即死でした。味方の軍が攻撃していたのです。」
Zマークが目に入らなかったのでしょうか・・・味方を攻撃したというのです。
(ロシア兵捕虜)「無線から『バカヤロー、味方だよ』という怒号が聞こえました。兵士を見ただけでパニックになり、攻撃したのかもしれない。」
さらに、負傷兵に対して上官がとった行動は・・・
(ロシア兵捕虜)「司令官が負傷した兵士を撃っていた。」
Q. “撃っていた”とはどういうこと?
(ロシア兵捕虜)「地面に横たわる負傷した兵士に指揮官が歩けるかどうかを聞いて『歩けない』と答えると銃で撃って殺していたのです。それも一度だけでなく、何度もです。司令官は4 ~5人殺しました。負傷した若者を助け出すことができたのに殺したのです。」
5人は今、“捕虜交換”を待っていますが、いつ実現するのか、分かりません。
5月22日『サンデーステーション』より
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp/a>
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